ピアノ調律師も国家資格となり調律技能士になる
日本全国調律師すべて試験受け直し
ピアノの修理 これ面白い 膨大な時間と技術を費やしてもさして儲けすら出ないというのが現実だ。 がしかし頼まれればNOとできるだいいたくない、なんとかしたいという気持ちが先に出てしまう。完成までいつとなくわからないところもあったりするが、お客様はじっと待っていてくれるのは、とてもありがたい、常にトータルバランスを頭に入れて作業を淡々としていく
半分自分の趣味のような世界になってしまうのが結論なのだが
いったい何台直せるのだろうか・・・・それよリ1台1台気持ちを込めてじっくり治していく、これが一番だと思う、調律に出て帰ってきてから修理に没頭し続ける毎日は世間から半分
みはなされたような錯覚を覚えることが多々あるのだ、気が付かないうちに夏になっていたり
秋になっていたり、そんな事件があったのか!と2か月も後に知るとか・・・・
でも毎日どうするべか、頭はフル稼働しているのに作業は進まない、というところが
ハマル、いや~~~今日はダメだ、さっぱりのらね~~、みんな自分を試しているように
毎日が過ぎていく 、毎日勉強させてもらってます。
魂を込めてエネルギーを注ぎ込む場所
何より楽しい生まれまわる瞬間
改良改善??~~さらに怪しくなったぞ
フクチャンの塗装はすごすぎる。完璧だべ
ピアノ修理、素晴らしいピアノ修理となりうる瞬間
それは一人だけでは生まれない。最もクリエーティブでイノベーティブ、そして効率的な仕事の環境は周囲の人々との調和の取れた関係が維持されているときに実現する。とりわけそれぞれ異なるスキルや経験気質バラエティに富んだ意見を持つ人々による(調和)が望ましい
これピアノ修理には必要な確実な条件だ
知識も必要だがそれより目の間のピアノをみた時に軽く知識を捨てることが大切
答を知りたがる人になってはならない。結果だけを追い求めるだけになる
それよりも「さあどうしよう」 (どこから直そうか・・・・どうなっているんだ?
疑問が多いほど面白さと探究心は覚醒され脳みその奥深くに焼付く
その中で不可能だろうということを試してみることがチャレンジだ
そうどうやってやればいいか?わからない!得意じゃないことに相対してみることだ
失敗!!ではない進歩である。・・・・・・・・これピアノ修理に大切(ナベサンより)
自分の使っていたピアノをもう一度完璧に直す
買い替えることは簡単な話だけれどもどうしても手放せない気持ちと愛着と歴史が詰まったピアノは何物にも代えられないものだ
ピアピット修理集団ピアノマニアたちがじっくり丹精込めて手を加えていく
人のピアノだけれどもだんだん愛着がのりうつる、
最後は自分のピアノのような気持ちになる、そういう気持ちが伝わると嬉しいしやっててよかったなあ~~と思える、
毎日修理しているがこれが全然飽きないし、深いところまで感覚が持って行かれてしまう・・・・・修理ポイズンとでもいおうか、
あまりお金にはならない仕事だがやめられない
何十年たってもピアノに教えられることばかりで、ピアノの深さを改めて
感じる今日この頃毎日が勉強です
ピアノ調律師もピアノ調律技能士ということになる、試験を受け基準に満たしたものが技能士の資格を与えあたえられる。いままで調律師の定義すらなかったこの世界、この制度が導入されることにより
ユーザーも安心して頼める制度だ、すでに5年以上たつ制度なのでこの世界でご飯を食べさせてもらっている調律師は必ず受け2級もしくは1級を取る、3級は調律学校出たての人が受けるのが一般的
それでは全員受かるのか??ここが合格率がめちゃくちゃ低い低すぎる~
全ての級において実に低い合格率、これは文科省もびっくりという
3級受からないという事は正直音階ができてもいないということに等しい、100点をとる制度ではなく
たった70%の精度で良いところなのでそれ以下ということはお話にならないところがあらわになる
今までこういう制度もなくユーザーは10000円以上のお金を払ってきた・・・・・精度がひどくても良くてもだ
そういうところに調律師協会の呼びかけにより一線を引くことができた。
ユーザーも技能士に頼むという選択は間違っていない
この制度は大きくこの業界を変えてきている
我々調律師にとっても技能を判断してくれたという意味でも国家資格のもと調律をさせていただいている
責任感は大きい。必ず頼むときは国家資格取得者に頼まない手はないのだ
この制度を知っておけば名刺をもらっただけで判断できる。
オーバーホールはしなくても治るかな